自覚ある?「頑張る」の先にある盲点

年を重ねるごとに「頑張る」ことの良さが感じられなくなってくるのは、私だけでしょうか。耐え偲ぶことが美徳とされる昭和の風潮は大分なくなりましたが、良いか悪いか「頑張る」というワードは挨拶のように頻繁に使用されています。

頑張っている人に対して、もちろん全力で応援したいです。でも、私自身は頑張るのが嫌いです、、、。とはいっても、うっかり頑張ってしまうのが日本人あるある。

ストレスを感じる頑張りに気付いたら、私はその都度、思考や行動をリセットするようにしています。

そんな習慣ができたきっかけは、30歳のころ出会った女医からの言葉でした。

その当時、それほど仕事は忙しくなく、残業があっても1時間程度。割と平穏な時期に、突如、多忙確定の案件が発生しました。

熱はないけど、風邪の初期症状が長引いていた私は、薬目当てに会社近くの内科クリニックへ行きました。

担当の先生は、40代くらいの綺麗な女性。テキパキと症状を尋ねてきます。

「喉がちょっと痛いです」と正直に私は答え、「数日後から仕事が忙しくなるから、悪化しないよう薬が欲しいです」と伝えました。

口を大きく開けて女医が喉をじっくり診察。

「あら、これ痛くない??けっこう喉腫れてますよ」と。

私は「そんな痛くないので、大丈夫です」と、正直に返事。

その後、女医は真面目な顔つきになり、まっすぐ私の目を見ながらこう言いました。

「あなたは、痛みに鈍感になってる。おそらく、あなたは真面目で、頑張り屋さんなんじゃない?そこまで痛くないって言ってるけど、同じような症状の人のなかには、ものすごく喉が痛いんです!って訴えてくる人も事実いるのよ。

頑張るのを当たり前にしちゃダメ。もっと自分の身体に優しくしてあげてね。」

それ以来、無理したり、ストレスを感じたりするような「頑張る」をやめるようになりました。

女医が言う通り、私は真面目で、頑張り屋という気質があったからです。

女医が言いたかったことは、「頑張る」を習慣化するなということだと思います。

風邪薬目的でふらっと訪れた病院で、人生観を変えるような言葉をもらいました。しかも、はじめて会った先生に。

人として、女性の先輩としてアドバイスをくれた、あの先生の優しさに感謝です。

頑張ることは否定はしません。その良さもわかります。

でも、心と身体の痛みがわからなくなるほど、頑張るのは不健康。

私はいまでは、自分にも他人にも「頑張れ!」という言葉を使わなくなりました。

だって、そんなこと言わなくても、頼まなくても、ほとんどの人は頑張っちゃいますから。

それが日本人なのでしょう。

知人から聞いた話では、フランス語には「頑張る」に値する言葉がないらしい。

そもそも頑張るという言葉の概念には、「本当は嫌なのに、やりたくないのに、疲れるのに、やらなければいけない」というネガティブなニュアンスが含まれていると思います。

フランス人からすると、「嫌なのになんでやるの?意味がわからない。やらなきゃいいじゃん」ということらしい。

う~ん、羨ましい!!

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